パワハラ指導からの脱却5つの原則

厚生労働省から公表されている「平成30年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によると、平成30年度の総合労働相談コーナー(全国380か所に設置)に寄せられた相談件数は、1,117,983件となっており一日あたりの相談件数は約3,100件となっております。この相談件数は年々増加傾向にあります。その中で、パワハラに含まれる「いじめ・嫌がらせ」による相談は、82,797件となっており相談件数のトップとなっています。この数字が示すように日本の職場ではパワハラで苦しんでいる人々がたくさん存在しているということになります。さらに昨今では、職場ではなくスポーツ業界でこのパワハラ問題が数多く報道されており社会問題となっております。

「パワハラ指導からの脱却 5つの原則」とはこの社会問題化している、スポーツチームや職場におけるパワハラ問題を解決するためのメソッドとなり、この(社)日本パワハラ予防委員会の役員たちの知識と経験を土台にしてまとめあげたものになります。

パワハラ知識の習得

2020年6月から労働施策総合推進法(通称・パワハラ防止法)が施行され、大企業からパワハラ対策が義務化されています(中小企業は2022年4月から)。今回の法制化は「職場」を中心としたパワハラ防止が主な目的で、直接的にスポーツ指導者を対象とはしておりませんが、これから先はスポーツ指導者もビジネスパーソンと同様に最低限のパワハラの知識を習得し指導していくことが重要になります。今回の法制化において指導者の皆様は、特に「パワハラ定義3要素」と「パワハラ6つの行為類型」を最低限理解しておくことが重要です。

パワハラ定義3要素
  1. 優越的な関係を背景とした言動
  2. 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
  3. 労働者の就業環境を害するもの

※3要素全てを満たした場合にパワハラになります。

パワハラ6つの行為類型
  1. 身体的な攻撃
  2. 精神的な攻撃
  3. 人間関係からの切り離し
  4. 過大な要求
  5. 過小な要求
  6. 個の侵害

※「パワハラ定義3要素」全てが満たされていないのであれば上記6つの行為類型があったとしてもパワハラにはなりません。

育成理念の明確化

育成理念とは、人材を育成する上で拠りどころとなる価値観のことです。ビジネスの業界では「企業は人なり」ということがあるように、その会社の発展は、そこで働く一人一人の社員さんの成長と相関関係にあります。これはスポーツチームでも同じことが当てはまります。

だいぶ古い話になってしまい恐縮ですが、日本を代表するプロ野球選手であり巨人軍V9を成し遂げたときの監督であった川上哲治氏は、野球指導者でありながら人間教育に力を入れていたということで有名です。巨人軍全盛期の時のチームミーティングでも「人生とは?」「仕事とは?」といような話をされていたそうです。また、選手育成については、「選手を終わってからの人生の方が長い。野球人としてのキャリアが終わり、どこに行っても「さすがは元ジャイアンツの選手だ」と言われるように選手を育成していた」とのことです。この言葉に川上監督の育成理念を読み取ることができます。つまり、このような人間教育という育成理念をもつ川上監督のもとで、王選手、長嶋選手という歴史に名を刻むプロ野球選手が育ち「V9」という偉業が成し遂げられたわけです。つまり成果を出し続けている組織の指導者は、この育成理念が明確だということです。したがって、指導者として部下や選手を一人の人間としてどのように成長させていきたのか?いう育成理念を明確にすることが重要となります。

人間理解を深める

過去うまくいった指導法や育成法が、選手や部下、チームが変わるとうまくいかないという事があります。その理由はとてもシンプルで、人間は価値観も育ってきた環境も持ち味も一人一人違うからです。相手が変われば過去の指導法、育成法がうまくいくとは限りません。そのような事態を解決するために(社)日本パワハラ予防委員会では、その違いを認識し人間理解を深める理論としてDiSC理論を推奨しています。

DiSC®とは、組織力を高めるためのコミュニケーションツールであり、D, i, S, C の4つの基本スタイルからなる、シンプルで覚えやすいモデルです。DiSC®モデルは、人を否定的に判断しない4つの行動特性(D,i,S,C)を共通言語としています。(DiSC®理論に基づく自己分析ツールは、John Wiley & Sons社がコピーライトを保持しており、(社)日本パワハラ予防委員会ではそのツールを使用するための認定を受けたコンサルタントが講演やコンサルティングを行っています)

・Dタイプ(主導)

直観的で決断が早い。意志が強く、勝気でチャレンジ精神に富み、行動的で結果をすぐに求める傾向があります。

・Iタイプ(感化)

楽観的で社交的。いろいろなチームに加わり、アイディアを分かち合い、人々を励ましたり楽しませることを好みます。

・Sタイプ(安定)

思いやりがあり、協力的。人助けが好きで、表立つことなく働くことを好み、一貫性があり予測可能な範囲で行動し聞き上手です。

・Cタイプ(慎重)

緻密で正確。仕事の質を高めることを重視して、計画性をもって系統だった手順で作業することを好み、間違いのないように何度も確認します。

https://www.hrd-inc.co.jp/whatsdisc/から引用】

このような人間をタイプ分けしていく理論は世の中に数多く存在しておりますが、いずれのタイプ分けでも共通で重要なことは、その人を「Dタイプだから〇〇だ!」と決めつけてはいけない、ということです。あくまでも効果的な指導、育成をするための参考情報として捉えることが重要となります。

対話力の強化

「対話」とは双方向であり個別対応であることが求められますが、その対話をする力を強化するには傾聴力と伝達力の2つを強化する必要があります。

 傾聴力は一言でいうと「良い聞き手になる」ということになりますが、良い聞き手になるための重要スキルの1つに質問力があります。そして、質問をする時に最も重要なことは「目的をもって聞く」ということになります。そしてその目的とは以下の3つです。

  1. 相手との信頼関係を築く
  2. 相手の状態を把握する
  3. 相手の行動を促す

そもそも人は、自分の話を聞いてもらえないと、自分の言っていることは重要ではないと感じます。そのように感じると、自分はこの組織において大切な存在ではないと感じ、最終的にどうなるかというと「この組織にいないほうがいい」と感じその組織を去ってしまいます。これは一例になりますが、質問力というのはとても重要なスキルになります。

人を生かす言葉があり、人を殺す言葉があります。指導者にとって伝達力はとても重要で言葉を制することができれば、自分が描くビジョンや目標に部下や選手を導くことができます。一方でその指導者の一言が、その選手のキャリアを変えてしまうことさえあります。指導する人間は言葉にはそのくらい多大な影響力がある、ということをまず認識することが重要です。したがって、指導者は伝達力をきちんと磨く必要があります。そして。その伝達力を磨くには4つのDがあります。

① 願望(Desire)

伝達力を向上させたい!という強い願望をもつこと

② 決心(Decision)

あらゆる努力をし、障害を乗り越えるために必要なことはなんでもしよう!と決心すること

③ 訓練(Discipline)

「場数に勝る訓練はない」。とにかく場数を踏むこと

④ 決意(Determination)

最後までやり抜く!という決意をすること

(「ブライアントレーシーの話し方入門」から引用)

家庭環境の理解

指導者として部下や選手に効果的な指導をしたとしても、結局最後は、その部下や選手がやるかやらないか、という本人次第な部分もあります。ただ、その時に指導者として重要なことは、その部下や選手の顕在化している言動を認識し理解することはもちろんなのですが、潜在化している「自己肯定感」と「自己効力感」も理解し認識するということも重要となります。

【自己肯定感】

自分は生きる価値がある、誰かに必要とされていると、自らの価値や存在意義を肯定できる感情のこと。「自分は大切な存在だ」「自分はかけがえのない存在だ」と思える心の状態。

【自己効力感】

課題や目標などを達成する能力が自分にあるという感覚、または環境に対し効果的にコントロール(対処)できているという感覚。ある結果を生み出すために適切な行動を遂行できるという確信の程度

なぜこの自己肯定感と自己効力感が重要かというと、この2つが最終的に部下や選手のパフォーマンスに影響を与えるからです。指導者がどんなに素晴らしい育成技術をもって指導にあたっても部下や選手本人が自己肯定感、自己効力感が低い状態だと、心の中で「どうせ私は無理だ。できない。」と思っています。そして、その心がパフォーマンスに影響を及ぼしてしまいます。つまり、指導者として最後は選手の自己肯定感、自己効力感も高めていける指導をしていくことが重要なのです。そして、この自己肯定感、自己効力感に最も大きな影響を与えているのが家庭環境なのです。したがって、指導者としてその部下や選手がどのような家庭環境で育ってきたのか?もしくは今、どのような家庭環境なのか?ということまで理解して指導していくことがとても重要となります。